開閉の理

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「開閉の理」

戦国時代(前453-前221年)に活躍した鬼谷子(姓は王詡)は、歴史書である『十八史略』にも登場するが、東洋における軍略学の基礎を築いた人物である。彼が自分の実行した軍略について考察したことを整理記述した『揣摩の法』は、国際謀略の原点とされている。「揣摩憶測」「権謀術数」など、現代でも広く使われている名言の出典でもある。揣摩とは一般情勢や相手の心理状態を、具体的な手段方法を使って判断することであり、権謀は揣摩の結果にもとづいて、最も適応する方策を合理的に選び出すことである。また、鬼谷子は「合従連衡策」を展開した張儀蘇秦の師としても知られている。彼の教えの根幹をなすものは「捭闔」(はいこう)である。「捭」とは「開」、つまり心を開き積極的に行動すること、「闔」とは「閉」で、心を閉じ消極的な行動にとどまって自重すること、を意味している。「開閉の理」は、その時々の情況に応じて、開と閉をどう使いわけるかである。
中国の古典に泥魚と呼ばれる魚の話が出てくる。「開閉の理」をわきまえているために不死身である。天候の異変によって旱魃になると、ほかの魚は水さがしに狂奔する。しかし結局は水を失って干物になってしまう。しかし泥魚はいっこうに慌てない。悠然としてあたりを見まわし、よい泥地をさがし、そこへもぐり込んで動かず「閉」の態勢を保つ。泥にまみれているから、身体の水分は蒸発しないし、動かないからエネルギーも消耗しない。そのため持久力があり、頑張って生きていける。季節の変化により、いつかは上流のどこかで必ず雨が降る。河川の水が流れるようになると、泥魚は「開」の態勢に移り、おもむろに泥から出て、さっそうと泳ぎまわる。ほかの魚はみんな死んでしまっているから餌は豊富で、急速に繁殖して河川の王者となる。
世の中にはさまざまなサイクルやリズムがある。環境条件のサイクルや自分が持っている人生のリズムである。これらが一致したときには非常に強力になるが、そのような情況はいつまでも続くものではない。「陽極まれば陰、陰極まれば陽」といわれるように常に変化を繰り返す。したがって、安閑として同じような行動をしていると必ず破綻がやってくる。人生が順風の波に乗ったときには積極決戦の行動に出ることがよく、することなすことがうまくいく。しかし逆風で勢いに乗れないときに積極策に出ると、裏目に出てしまい、苦労ばかりが多くて成果は期待できない。このようなときに、あせって動きまわると、かえって深みにはまり込み、事態を悪化させてしまう。消極的な態度に徹し持久策によって力を貯え、情勢の変化を待つのである。『老子』の中に「曲全」という言葉があるが、全開し伸びる前には屈曲し縮むことが必要である、としている。逆境は次の飛躍のための準備の時であり、あせらず粘り強く乗り越えていくことである。逆境のなかで鍛えられることで、人間は磨かれていくのである。
「運」という字は、辶(しんにゅう)と軍(いくさ)とに分かれるが、「辶」の字源は「行く」と「止まる」で、「行きつ止まりつする」ことである。「辶+軍」の合字は、戦いながら進み、戦いながら止まるという意味になる。これが運といわれるもので、人間の命と一体となるとき、運命がはじめて動くのである。この運命を上手に動かすものが軍略(処世術)である。一般には運命を吉凶によって、運がよかったとか悪かったと論じる場合が多い。しかし運命とは上手に動かすか下手に動かすかであって、動かすのは他ならぬ自分自身なのである。運命を無視して変わろうとしない人は、ある時期は繁栄することができても、結局は衰退することになる。「開閉の理」によって、情勢の変化に柔軟に対応することに成功した人は、世の中で安泰を維持することができるのである。

http://www.jpc-net.jp/cisi/mailmag/m110_pa2.html